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たかしの日記

24歳無職の日記です。

ゴリラの行間

 

ドンキーコング リターンズ

ドンキーコング リターンズ

 

 ドンキーコングには「行間」がない。クリアしたときは「ウッホゥ!」(日本語に直すと「よっしゃあ!」かな)だし、やられたときは「ウホッ!?」(これは「しまった!」だろうか)。あとは、「御意。」という感じの「ウホ。」があるだけだ。

 ところで、「行間」ってどういう意味だろうか。

 ググったところ、「行間」は「文章の行と行の間」で、「行間を読む」とは「文章の表面には表されていない真意をくみとる」という意味らしい。「真意」。また難しい言葉が出てきた。

 でもとりあえずわかることは、ドンキーの言葉に「行間」はない、ということだ。「ウホゥ!」は「ウホゥ!」だし、「ウホッ!?」は「ウホッ!?」であって、それ以上の意味(これが「真意」ってことだろうか)はない。彼らの言葉は、「張り切ってやるかぁ〜(ほんとうはやりたくないけど!)」とか、「やってみればいいんじゃない?(やっても意味がないけどね!)」などのような文章の構造を持っていないのだ。そもそも「ウホ」語は、表面にすら意味がない。というか、音を無理矢理「ウ」とか「ホ」などの日本語に当てはめているだけだ。だが、発音やリアクションがその意味を補完しているために、我々は彼らの言葉を理解することができる。

 ところで(2回目)私は、ドンキーの話す言葉は、誰か人間の話す言葉よりも、聞いていて、気持ちがいい、と感じる。あるいは、清々しい気持ちになる。

 それは、彼らの言葉に「行間」がないからではないか。

 

 人類が散文を捨てて、「ウホ」語にコミュニケーションの全てを託した未来がやってきた。

上司「ウホ(おはよう)」

部下「ウホ(おはようございます)」

上司「ウッホ?(バナナ食べる?)」

部下「ウッホ!(いただきます!)」

部下「ウホ!(営業いってきます!)」

上司「ウホ〜(いってらっしゃい〜)」

部下「ウホゥ!(ただいま帰りました!)」

上司「ウホー(おかえりなさいー)」

上司「ウホ(帰ろうか)」

部下「ウホ(帰りましょう)」

上司「ウッホ?(バナナ食べる?)」

部下「ウッホ!(いただきます!)」

そして二人はスーツを脱ぎ捨て、ジャングルへと消えて行った……。

 

「行間」がない会話は、なんだか寂しいし、深みというか、味わいみたいなものがなくなる。けれど正直で、まっすぐで、面倒くさいところがない。きっと「ウホ」語の世界にイジメはないし、死んでしまうほどの残業を強いられることもないだろう。それなら、深みや味わいがなくても、「行間」なんてないほうがよっぽど幸せなのではないか、と思うんだけど。

 

ドンキーコング リターンズ」は任天堂のアクションゲームシリーズ「ドンキーコング」のWii版。最終ステージで手こずったけど、概ねスムーズにクリアできました。往年のゴリラ操作感が再現されており、過去シリーズをプレイしていればさらに楽しめます。

 以上、全編ゲームレビューでお送りしました。