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たかしの日記

24歳無職の日記です。居候中。週2でバイトに勤しむ働き者です。余生を過ごしています。

ヤバい肉をむさぼる小学生

本を読んだ

 

 

 私が小学生の頃、放課後のおやつは肉屋の焼き鳥だった。肉を売る片手間に、三十円かそこらで売っていたものだが、種類はたくさんあった。私は塩っぱいハツと、衣がふにゃふにゃの唐揚げ串が好きだった。我々小学生一行は近所にある二軒の駄菓子屋よりも、その肉屋の焼き鳥を愛していた。

 だが、ある日、仲間内の一人が、母親から聞いたという情報をリークしてきた。

「ここの焼き鳥って、ヤバい肉を使ってるらしいよ。この焼き鳥を食った一組の〇〇が食中毒になったんだって」

「ヤバい肉」、と聞いて、私はタコ型の宇宙人を切り刻んで加工した肉を想像した。「ヤバい肉」とはそういうものだろう。だとしたら、これまでその焼き鳥を食べ続けてきた私の体は、「ヤバい肉」で構成されているはずだ。それならばスイミングスクールで四年生の私が、毎日のように一年生の子にバタ足で後ろから追い抜かれていることも納得がいく。私の足は周りのスイミングスクール生とは違い、「ヤバい肉」でできているのだ。タコ型宇宙人のクネクネした肉では、力強く水を蹴り出すことなどできない。タコの肉ならばスイスイ泳げそうなイメージだが、タコではなくタコ型宇宙人の肉だから話は別なのだ。たぶん。

 というようなことまで小学生のときに考えていたかどうか定かではない。しかしたしかなことは、噂が広まり、友達が誰もその肉屋で焼き鳥を買おうとしなくなったあとも私はその肉屋に通い詰め、塩っぱいハツとふにゃふにゃの唐揚げ串を食べ続けたということだ。むしろ、「ヤバい肉」というステータスが付与されてからのほうが、焼き鳥を食べに行く頻度は上がっていたように思う。突如として現実に介入してきた「ヤバい肉」という非現実的な言葉が、ほんの少しだけ世界をファンタジーに見せてくれたのではないだろうか。

 その後、噂のほとぼりが冷め、いままで通りの小学生に愛される肉屋の焼き鳥に戻った。そもそも「ヤバい肉」とかいうよくわからない噂に具体的な根拠はなかったのだ。肉屋の焼き鳥はもう「ヤバい肉」ではなく、ただの「鶏肉」になってしまった。

 私は今でも、流行りとは真逆の衣がふにゃふにゃな唐揚げを見つけると、つい買って食べてしまう。硬い衣だと口の中が痛いというのもあるが、「ふにゃふにゃな衣の唐揚げはヤバい肉が使われている」という思いが心の底で食欲に繋がっているのかもしれない。

 

『ぷくぷく、お肉』は色んな作家がお肉について書いたエッセイのアンソロジー。すき焼き率高め。名高い作家ばかりで筆力が高いために、読んでるとめちゃくちゃお腹が空きます。あ、「ヤバい肉」は出てきません。残念。