夏目漱石紙幣は平成十九年に役目を終え――

s_harakun氏は財布の中身を確認した。五百円玉が一枚、百円玉が二枚、それから……十円玉を数えようとしたところで、s_harakun氏は財布を閉じた。むなしくなってしまったのである。

そういえば、とs_harakun氏はコンビニでのバイト中のことを思い出した。レジの千円札を確認したとき、数十枚の野口英世氏の中に、一枚だけ夏目漱石氏の姿を確認したのだ。最近ではめったに見かけなくなった。s_harakun氏は夏目氏に、おひさしぶりです、と声を掛けたとか掛けなかったとか。真相は闇の中である。

きっと夏目氏は居心地が悪いだろう、とs_harakun氏は思った。周りはみんな野口氏である。間違えて女性専用車両に乗ってしまった時のような心持ちなのではないだろうか。

であれば、とs_harakun氏は考えた。私の財布においでなさい、と。s_harakun氏の財布には野口氏どころか、人の顔が描かれた紙は、一枚も、入っていない。まるで通勤ラッシュ時の下り電車である。あの恐ろしい女性専用車両はないのだ。夏目氏もきっと心地よく過ごされることだろう。

s_harakun氏はすっかり軽くなった財布をそっと置き、空腹に耐えるべく生唾を飲み込んだ。